三郎とおやすみ羊(ヒツジ)によるバイクで世界一周の旅の記録。基本的にリアルタイムで毎日更新! 2010年から既に三大陸半を走破!今年はヨーロッパから中東、中央アジアを越えて日本までユーラシア大陸横断予定!
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Day 995: 2013年5月16日
Tabriz, Iran (La casa de Behzad)
93,303km
昨日は夜遅かったから、朝起きたのは9時過ぎ。
朝飯を皆で食べて、タブリーズの街見物へ。
短パンで出かけようとしたら、「駄目駄目、イランでは短パンで外出はよくない」、と。
先ずは古い砦(?)跡へ。
残念ながら説明がファルシでしかなく、ベシャッドもアルシュも英語があまり出来ないから、いつ頃に建てられたのか分からず。
次は博物館の庭へ。
何故だか羊の石像が沢山。
13世紀から17世紀だとあるから、イル汗国からティムール帝国、サファビー朝の時代に造られたものだ。
図書館、なのかな?モスクでは無いらしい。
トルコとはやはり違った建築様式だ。
そうそう、ここタブリーズは東アゼルバイジャン州。アゼルバイジャンっていう国がアルメニアの東カスピ海の西にあるけど、この東アゼルバイジャン州の住人の多くはトルコ系アゼリー人なのだ。
だから、ベシャッドたちもトルコ語が第一言語でファルシ(ペルシャ語)は学校で学んだとのこと。
イランではサッカーが盛んで、ここタブリーズでは「トラクトール」が地元のチーム。トラクターってところが面白い。
街を歩いてて思ったのだけど、イランは1979年のイスラム革命の後に欧米諸国と対立し、更に9年にも及ぶイラン・イラク戦争を経て、最近では核兵器開発の疑いで経済制裁など受けているのだけど、かなり発展している。
かなり力のある国だ。
もし、上記のことが無かったらどれだけ発展したことだろう。
イランの正式の国名は「イラン・イスラム共和国」なのだ。国家最高指導者は大統領ではなく、イスラム教の最高指導者であるアリー・ハーメネイー師。
バザールに行ったけど、色んな商品が所狭しと並んでいる。
タブリーズは靴の生産で有名で、靴屋が多い。
車で家まで戻る。確かにイラン人の運転の仕方はメチャクチャだ。でも、インド程ではないかな。
アルシュの家で一休み。アルシュの弟と近所のガキたち。
昼飯は近くのサンドイッチ屋で。
ついに「ザムザムコーラ」を飲む時がきた!
イスラム革命以前はコカコーラの工場があったのだけど、アメリカ合衆国と対立し、アメリカ資本はイラン国内から引き上げた。
なのでコカコーラの工場を摂取してイランのオリジナル・コーラである「ザムザムコーラ」が造られているのだ。
味は?まぁ、コカコーラと変わらない。
キョフテ(ハンバーグ)が入ったサンドイッチ。勿論ハラル(イスラム教の戒律に沿って作られたということ)。
昼飯後はベシャッドのお父さんに会いに、とベシャッドのお母さんとアルシュのご両親も一緒に車で。
丘に登っていくと、凄い渋滞。
言葉が通じないけど、アルシュのお父さんは既に亡くなっている、となんとなく理解していたから、お墓参りなのかな、と思っていたらやはりそうだった。
イランでは暦がヒジュラ暦だから木金が休み。
今日は木曜日だから人出が多いのかな、と思っていたら、今日はイランのお盆みたいな日なのだそう。
お墓は各家庭に一つではなく、故人独りが入る。
墓石に故人の肖像が彫られていて、そこがイラン式。流石に写真は、ね。
やはり、ここは欧米の批判を受ける理由の一つなんだろうけど、女性の墓石には肖像が刻まれていない。スタンダードの女性の絵(顔の部分は白で隠されている)から女性のお墓だと分かるんだけど。
家に戻り、ベシャッドは仕事へ。ワシはアルシュの家で一休み。
で、夕方から大雨。アララ。
と、思っていたら、「結婚式に行くぞ!」、と。
ここからは英語が堪能なモルサルが同伴だから通訳してくれてる。
タクシーに乗って式場に着くと、やはりワシは皆の注目の的。
入口から左が男性の席で右が女性の席。
「腹減っているか?」、と先ずは厨房に通されて、ケバブ・ライスを。
会場の写真を撮ったら、「駄目駄目!」と係りに止められた。
どうやら女性を写してはいけないみたいだ。
残念。
飯を食べ終わり、会場へ。
ライブ・ミュージックに参加者がお祝いのダンスを披露(独りで踊ったり、数人で踊ったり)。
これが、延々と続く。
でも、観ていて面白い。
巧い人も下手な人も、皆踊る。
周りの人たちが踊っている人にお札をまいて、それが新郎新婦へのご祝儀になるようだ。
で、ワシも踊り好きのレザというおっさんに誘われて踊る。
ワシは音感が無く、ダンスは下手くそもいいところなんだけど、イラン・トルコ式の音楽はなぜだかのりやすく、レザと踊っていたら意外とイケる。
ワシにもご祝儀の札が撒かれる!
レザはワシをエラく気に入ってくれたようで、「家に来い!」、と誘ってくれた。
イスラム教徒だから酒は飲んでない筈なんだけど、よくここまでハイテンションでいられるな、と思っていたら、酒飲んでた!
ベシャッドやムーサは飲まないのだけど、アルシュとか他の若者はウイスキーを飲んでかなりの酩酊状態。なるほど、だからタクシーで来たのね。
そうそう、向かいが女性の席なんだけど、1人凄い美人というかワシのタイプの女性がいた。
残念ながら、左薬指に指輪をしているから既婚者だった…。
街でも、女性は皆ほっかむりをしてるんだけど、顔は隠してないし、コートで身を包んでいるけど、身体のラインも見れるくらいピッタリしたコートだから逆にセクシーなんだな。
目鼻立ちがくっきりとした顔立ちだから、ハッとさせる美女も何人かはいた。
が、しかし、婚外交渉は法律で禁止されており、異教徒の男性がイスラム教徒(モスリム)の女性に手を出したら死刑、だそうだ…。
モスリム同士でも婚前交渉は駄目。男はむち打ち100回の刑。女は絞首刑…。手を握るのも、駄目。
イスラム教国では女性が虐げられている、と欧米では報じられてそう信じている人が多い。
確かに墓石に肖像が刻まれなかったり、席が別々だったり、家事は任せられていたり、と男性優遇と受け取られる面もある。
でも、規則の範囲内で女性も楽しんでいるみたいだ。
婚前交渉が駄目なのは女性も男性も平等だから、まぁ、仕方が無い。
どちらの方が良いのか分からんけど。
結婚式は楽しかったけど、そんなのとを考えさせられる一日だった。
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イラン、やはり人が優しい。経済も封鎖を受けている割には発展しているし。でも、やはりイスラム教国だから、ワシにとっては異質な部分もあって、それが新鮮。
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朝飯を皆で食べて、タブリーズの街見物へ。
短パンで出かけようとしたら、「駄目駄目、イランでは短パンで外出はよくない」、と。
先ずは古い砦(?)跡へ。
残念ながら説明がファルシでしかなく、ベシャッドもアルシュも英語があまり出来ないから、いつ頃に建てられたのか分からず。
次は博物館の庭へ。
何故だか羊の石像が沢山。
13世紀から17世紀だとあるから、イル汗国からティムール帝国、サファビー朝の時代に造られたものだ。
図書館、なのかな?モスクでは無いらしい。
トルコとはやはり違った建築様式だ。
そうそう、ここタブリーズは東アゼルバイジャン州。アゼルバイジャンっていう国がアルメニアの東カスピ海の西にあるけど、この東アゼルバイジャン州の住人の多くはトルコ系アゼリー人なのだ。
だから、ベシャッドたちもトルコ語が第一言語でファルシ(ペルシャ語)は学校で学んだとのこと。
イランではサッカーが盛んで、ここタブリーズでは「トラクトール」が地元のチーム。トラクターってところが面白い。
街を歩いてて思ったのだけど、イランは1979年のイスラム革命の後に欧米諸国と対立し、更に9年にも及ぶイラン・イラク戦争を経て、最近では核兵器開発の疑いで経済制裁など受けているのだけど、かなり発展している。
かなり力のある国だ。
もし、上記のことが無かったらどれだけ発展したことだろう。
イランの正式の国名は「イラン・イスラム共和国」なのだ。国家最高指導者は大統領ではなく、イスラム教の最高指導者であるアリー・ハーメネイー師。
バザールに行ったけど、色んな商品が所狭しと並んでいる。
タブリーズは靴の生産で有名で、靴屋が多い。
車で家まで戻る。確かにイラン人の運転の仕方はメチャクチャだ。でも、インド程ではないかな。
アルシュの家で一休み。アルシュの弟と近所のガキたち。
昼飯は近くのサンドイッチ屋で。
ついに「ザムザムコーラ」を飲む時がきた!
イスラム革命以前はコカコーラの工場があったのだけど、アメリカ合衆国と対立し、アメリカ資本はイラン国内から引き上げた。
なのでコカコーラの工場を摂取してイランのオリジナル・コーラである「ザムザムコーラ」が造られているのだ。
味は?まぁ、コカコーラと変わらない。
キョフテ(ハンバーグ)が入ったサンドイッチ。勿論ハラル(イスラム教の戒律に沿って作られたということ)。
昼飯後はベシャッドのお父さんに会いに、とベシャッドのお母さんとアルシュのご両親も一緒に車で。
丘に登っていくと、凄い渋滞。
言葉が通じないけど、アルシュのお父さんは既に亡くなっている、となんとなく理解していたから、お墓参りなのかな、と思っていたらやはりそうだった。
イランでは暦がヒジュラ暦だから木金が休み。
今日は木曜日だから人出が多いのかな、と思っていたら、今日はイランのお盆みたいな日なのだそう。
お墓は各家庭に一つではなく、故人独りが入る。
墓石に故人の肖像が彫られていて、そこがイラン式。流石に写真は、ね。
やはり、ここは欧米の批判を受ける理由の一つなんだろうけど、女性の墓石には肖像が刻まれていない。スタンダードの女性の絵(顔の部分は白で隠されている)から女性のお墓だと分かるんだけど。
家に戻り、ベシャッドは仕事へ。ワシはアルシュの家で一休み。
で、夕方から大雨。アララ。
と、思っていたら、「結婚式に行くぞ!」、と。
ここからは英語が堪能なモルサルが同伴だから通訳してくれてる。
タクシーに乗って式場に着くと、やはりワシは皆の注目の的。
入口から左が男性の席で右が女性の席。
「腹減っているか?」、と先ずは厨房に通されて、ケバブ・ライスを。
会場の写真を撮ったら、「駄目駄目!」と係りに止められた。
どうやら女性を写してはいけないみたいだ。
残念。
飯を食べ終わり、会場へ。
ライブ・ミュージックに参加者がお祝いのダンスを披露(独りで踊ったり、数人で踊ったり)。
これが、延々と続く。
でも、観ていて面白い。
巧い人も下手な人も、皆踊る。
周りの人たちが踊っている人にお札をまいて、それが新郎新婦へのご祝儀になるようだ。
で、ワシも踊り好きのレザというおっさんに誘われて踊る。
ワシは音感が無く、ダンスは下手くそもいいところなんだけど、イラン・トルコ式の音楽はなぜだかのりやすく、レザと踊っていたら意外とイケる。
ワシにもご祝儀の札が撒かれる!
レザはワシをエラく気に入ってくれたようで、「家に来い!」、と誘ってくれた。
イスラム教徒だから酒は飲んでない筈なんだけど、よくここまでハイテンションでいられるな、と思っていたら、酒飲んでた!
ベシャッドやムーサは飲まないのだけど、アルシュとか他の若者はウイスキーを飲んでかなりの酩酊状態。なるほど、だからタクシーで来たのね。
そうそう、向かいが女性の席なんだけど、1人凄い美人というかワシのタイプの女性がいた。
残念ながら、左薬指に指輪をしているから既婚者だった…。
街でも、女性は皆ほっかむりをしてるんだけど、顔は隠してないし、コートで身を包んでいるけど、身体のラインも見れるくらいピッタリしたコートだから逆にセクシーなんだな。
目鼻立ちがくっきりとした顔立ちだから、ハッとさせる美女も何人かはいた。
が、しかし、婚外交渉は法律で禁止されており、異教徒の男性がイスラム教徒(モスリム)の女性に手を出したら死刑、だそうだ…。
モスリム同士でも婚前交渉は駄目。男はむち打ち100回の刑。女は絞首刑…。手を握るのも、駄目。
イスラム教国では女性が虐げられている、と欧米では報じられてそう信じている人が多い。
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Day 994: 2013年5月15日
Yerevan, Armenia to Tabriz, Iran (La casa de Behzad)
92,644km to 93,303km = 659km
今日は快晴。出発を一日延ばした甲斐があった。
アニータに別れを告げて、出発!
彼女とはまたいつか何処かで再会したいものだ。
昨日買ったGPSをホルダーに装着。
今までGPSをタンクバッグに入れていたから、見難かったのだけどこれで街中も視線を下に落とすことなく運転できる。
が、しかし、このGPSも防水ではないから雨が降ったらタンクバッグに入れないと。
エレバンの街を南下する。するとアララト山が綺麗に見える。
今日はイランのタブリーズまで行くつもりだから、先は長いのだけど、こんなに綺麗に見えるならコール・ヴィラプ(Khor Virap)へちょっと寄り道してみよう。
アルメニア最終日にアララト山がワシの門出を祝ってくれたようだ。
ヒツジも満足。
くまも。
これで心置きなくアルメニアを後にできる。
うーん、やっぱり一つの事が心残りだな。敏い読者さんなら何だか分かる!?
道は国道M2号。アルメニアの幹線道路なんだけど、結構ガタガタで穴だらけ。
山間のクネクネもあるから、距離は思ったほどに稼げない。
標高は2,545mまで上がった。流石に肌寒い。
ゴリスという街に着いたのはもう12時過ぎ。
ここから南下すればイランの国境(200キロ先)。東に40キロ程行くとナゴルノ・カラバフだ。ナゴルノ・カラバフはソビエト解体時にアゼルバイジャンから独立戦争を起こし(アルメニア系の住民が大多数で、ソビエト連邦成立時からアゼルバイジャンにではなくアルメニアに属することを希望していた)、アルメニアの支援で事実上独立している状態。
まぁ、国際的にはアルメニアしかナゴルノ・カラバフの独立を承認していないのだけれど。
ここまで来たらナゴルノ・カラバフに入国してみよう、と事でまた寄り道。
しばらく走ると「Welcome to Karabakh」というサインが出てきた。
そこからしばらく走り橋を越えると国境。アルメニアとカラバフの国旗が仲良くはためいている。
国際的にはアゼルバイジャン領なんだけどね。
よし、カラバフで飯でも食ってからイランの国境へ向かうか、と思ったけど、ちゃんとパスポートコントロールがあり、「ビザが無いと駄目だよ。カラバフに入ったら外務省に行きなさい」、となんだか面倒臭いことに。
「いや、そこの店で飯でも食べてアルメニアに戻るつもりなんだけど」、と説明したけど、英語はあまり通じず…。
なのでカラバフへの入国は諦めた…。領土には入ったのだけどね。
ゴリスまで戻り(これで1時間経ってしまった)、再び国道M2号を直走る。
昼飯を食いたいのだけど、アルメニアにはソ連時代の名残か、メシ屋があまりない。
たまーにレストランがあるんだけど、飯が出てくるのに時間がかかりそうだから、走りっぱなしになってしまった。
山間を走るからワインディングが楽しい。
これで路面状態が良かったらなぁ。
地図で見ると国境近くの街メルヒリは大きな街で飯屋に期待したのだけど、小さな集落で飯屋は鶏の丸焼き屋が一軒。しかも鶏は丸焼き中で食べれない…。
仕方が無いからアイスクリームを買って多少のカロリー補給。
ここからは国境まで直ぐ。
が、しかし、にわか雨が降って来て濡れてしまった。あーあ、エスペランサもこの間洗車したのに…。
国境には午後4時過ぎに到着。
アルメニア側では何故かロシアの兵士がいて色々チェックする。
ようやくパスポートに出国スタンプが押された、と思ったら、今度は荷物検査。まぁ、簡単に済んだのだけれど、出国手続きに30分以上がかった。
イラン側では入国審査はビザがあるから至って簡単。ただ指紋をとられるのだけど。
が、しかし、イランはバイクの持ち込みに「カルネ」が必要で、係りがあまりカルネの扱いに慣れていないのかかなりの時間がかかった。
入国審査、バイクの一時輸入、両替、そして荷物検査が済んでからの最終チェックが済んだのはもう午後7時過ぎ(イランはアルメニアより30分進んでいる)。2時間以上も出入国手続きに費やしたことになる。まぁ、中米に比べれば早いものだけど。
さて、イランに入国!64ヶ国目!
最初の50キロくらいは川沿いを西に走る。対岸はアルメニア領だ。
バックミラーにアルメニアの山々が映り、ワシの心を反映しているかのよう。
イランの風景も中々のものだけど、日が暮れてきたから写真を撮っている場合ではなく先を急ぐ。
タブリーズまでは180キロくらい。
途中の街で給油。11リットルで106,000リアル。よくわからんけど、1米ドルが34,700リアルで両替したから1リットル27セント(27円)ってことになる。話には聞いていたけど安い!
イランの舗装状態はなかなか良く気持ちよく飛ばせる。
8時半ごろについに日が暮れてしまった。
タブリーズまではあと100キロ。
あまり夜間走行はしたくないのだけれど、路面状態もいいし、タブリーズまでそのまま走り続ける。
何故なら我が友人ケイヴァンがタブリーズにいる彼の友人ベシャッドに連絡してくれて彼がワシの到着を待っているからだ。
午後10時前にタブリーズに到着。結構な大都市だ。
公衆電話を見つけてベシャッドに電話しようと思ったけど、テレフォンカードが無いと使えない(コインは使えないのだ。というかコインが存在するのか?)。
これは困ったなぁ。通りかかりの人に「電話をかけたいのですが、カードは何処で買えますか?」、と訊いたら、「カード?これを使ってイイよ」、と彼のテレフォンカードを貸してくれました。
早速ベシャッドに電話をかけてワシが何処にいるか説明。直ぐに来てくれると。
そのうちに、色んな通行人が集まって来て、色々手助けをしてくれる。
とくにレザは英語が堪能で、ベシャッドが来るまでここで待っててくれる、と。もし来なかったら彼の家に泊まっていいと。
イラン!なんていい人たちなんだろう。話には聞いていたけど、素晴らしい。
ベシャッドが車でやってきたので、レザやその他の人たちにお礼を告げてベシャッドの家まで。
もう11時だというのに、近所の友達まで集まって、皆で夜食。昼飯もアイスクリームだけだったから、ありがたい。
夜中の1時過ぎまで皆でワイワイと過ごしたのだった。
イラン、初日だけど、いきなり好印象。これから楽しみだ!
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今日は疲れました。アルメニアも良かったですが、イランはまた別世界だけど良さそうです!
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92,644km to 93,303km = 659km
今日は快晴。出発を一日延ばした甲斐があった。
アニータに別れを告げて、出発!
彼女とはまたいつか何処かで再会したいものだ。
昨日買ったGPSをホルダーに装着。
今までGPSをタンクバッグに入れていたから、見難かったのだけどこれで街中も視線を下に落とすことなく運転できる。
が、しかし、このGPSも防水ではないから雨が降ったらタンクバッグに入れないと。
エレバンの街を南下する。するとアララト山が綺麗に見える。
今日はイランのタブリーズまで行くつもりだから、先は長いのだけど、こんなに綺麗に見えるならコール・ヴィラプ(Khor Virap)へちょっと寄り道してみよう。
アルメニア最終日にアララト山がワシの門出を祝ってくれたようだ。
ヒツジも満足。
くまも。
これで心置きなくアルメニアを後にできる。
うーん、やっぱり一つの事が心残りだな。敏い読者さんなら何だか分かる!?
道は国道M2号。アルメニアの幹線道路なんだけど、結構ガタガタで穴だらけ。
山間のクネクネもあるから、距離は思ったほどに稼げない。
標高は2,545mまで上がった。流石に肌寒い。
ゴリスという街に着いたのはもう12時過ぎ。
ここから南下すればイランの国境(200キロ先)。東に40キロ程行くとナゴルノ・カラバフだ。ナゴルノ・カラバフはソビエト解体時にアゼルバイジャンから独立戦争を起こし(アルメニア系の住民が大多数で、ソビエト連邦成立時からアゼルバイジャンにではなくアルメニアに属することを希望していた)、アルメニアの支援で事実上独立している状態。
まぁ、国際的にはアルメニアしかナゴルノ・カラバフの独立を承認していないのだけれど。
ここまで来たらナゴルノ・カラバフに入国してみよう、と事でまた寄り道。
しばらく走ると「Welcome to Karabakh」というサインが出てきた。
そこからしばらく走り橋を越えると国境。アルメニアとカラバフの国旗が仲良くはためいている。
国際的にはアゼルバイジャン領なんだけどね。
よし、カラバフで飯でも食ってからイランの国境へ向かうか、と思ったけど、ちゃんとパスポートコントロールがあり、「ビザが無いと駄目だよ。カラバフに入ったら外務省に行きなさい」、となんだか面倒臭いことに。
「いや、そこの店で飯でも食べてアルメニアに戻るつもりなんだけど」、と説明したけど、英語はあまり通じず…。
なのでカラバフへの入国は諦めた…。領土には入ったのだけどね。
ゴリスまで戻り(これで1時間経ってしまった)、再び国道M2号を直走る。
昼飯を食いたいのだけど、アルメニアにはソ連時代の名残か、メシ屋があまりない。
たまーにレストランがあるんだけど、飯が出てくるのに時間がかかりそうだから、走りっぱなしになってしまった。
山間を走るからワインディングが楽しい。
これで路面状態が良かったらなぁ。
地図で見ると国境近くの街メルヒリは大きな街で飯屋に期待したのだけど、小さな集落で飯屋は鶏の丸焼き屋が一軒。しかも鶏は丸焼き中で食べれない…。
仕方が無いからアイスクリームを買って多少のカロリー補給。
ここからは国境まで直ぐ。
が、しかし、にわか雨が降って来て濡れてしまった。あーあ、エスペランサもこの間洗車したのに…。
国境には午後4時過ぎに到着。
アルメニア側では何故かロシアの兵士がいて色々チェックする。
ようやくパスポートに出国スタンプが押された、と思ったら、今度は荷物検査。まぁ、簡単に済んだのだけれど、出国手続きに30分以上がかった。
イラン側では入国審査はビザがあるから至って簡単。ただ指紋をとられるのだけど。
が、しかし、イランはバイクの持ち込みに「カルネ」が必要で、係りがあまりカルネの扱いに慣れていないのかかなりの時間がかかった。
入国審査、バイクの一時輸入、両替、そして荷物検査が済んでからの最終チェックが済んだのはもう午後7時過ぎ(イランはアルメニアより30分進んでいる)。2時間以上も出入国手続きに費やしたことになる。まぁ、中米に比べれば早いものだけど。
さて、イランに入国!64ヶ国目!
最初の50キロくらいは川沿いを西に走る。対岸はアルメニア領だ。
バックミラーにアルメニアの山々が映り、ワシの心を反映しているかのよう。
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タブリーズまでは180キロくらい。
途中の街で給油。11リットルで106,000リアル。よくわからんけど、1米ドルが34,700リアルで両替したから1リットル27セント(27円)ってことになる。話には聞いていたけど安い!
イランの舗装状態はなかなか良く気持ちよく飛ばせる。
8時半ごろについに日が暮れてしまった。
タブリーズまではあと100キロ。
あまり夜間走行はしたくないのだけれど、路面状態もいいし、タブリーズまでそのまま走り続ける。
何故なら我が友人ケイヴァンがタブリーズにいる彼の友人ベシャッドに連絡してくれて彼がワシの到着を待っているからだ。
午後10時前にタブリーズに到着。結構な大都市だ。
公衆電話を見つけてベシャッドに電話しようと思ったけど、テレフォンカードが無いと使えない(コインは使えないのだ。というかコインが存在するのか?)。
これは困ったなぁ。通りかかりの人に「電話をかけたいのですが、カードは何処で買えますか?」、と訊いたら、「カード?これを使ってイイよ」、と彼のテレフォンカードを貸してくれました。
早速ベシャッドに電話をかけてワシが何処にいるか説明。直ぐに来てくれると。
そのうちに、色んな通行人が集まって来て、色々手助けをしてくれる。
とくにレザは英語が堪能で、ベシャッドが来るまでここで待っててくれる、と。もし来なかったら彼の家に泊まっていいと。
イラン!なんていい人たちなんだろう。話には聞いていたけど、素晴らしい。
ベシャッドが車でやってきたので、レザやその他の人たちにお礼を告げてベシャッドの家まで。
もう11時だというのに、近所の友達まで集まって、皆で夜食。昼飯もアイスクリームだけだったから、ありがたい。
夜中の1時過ぎまで皆でワイワイと過ごしたのだった。
イラン、初日だけど、いきなり好印象。これから楽しみだ!
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